NO団体名主な企画内容
3 渋谷区立中幡中学校(東京都) 「飯田自然体験学習(中幡の森つくり)」
自然の中での集団生活をとおして、協力や自立の精神を育成する。文明から離れた場所で、食住環境まですべて自分たちの力で確保し、生活する体験をとおして、真の生きる力の育成をはかる。飯田市で採集したドングリを持ち帰って、学校で発芽させ育てた苗を植樹することで、「中幡の森」を作り広める。3年前から実施。

主催団体:東京都渋谷区立中幡小学校
実施期間:10月23日〜25日

 長野県の飯田市から車で約1時間、中央アルプスのほぼ南端、標高1150mに大平宿がある。ここはかつて、伊那谷と木曽谷を結ぶ街道の宿場だった。その宿場であった大平部落は、昭和45年に集団移住で廃屋となった。その後、「大平宿をのこす会」が発足し、江戸、明治、大正、昭和に建てられた民家を改修保存し、いまは、囲炉裏を囲む生活の原体験の場として利用されている。
 この大平宿を舞台に、中幡小学校が自然体験学習をおこなって、今年で3年目になる。6年生全員(58名、1名欠席)が参加して、3日間の飯田自然体験学習が実施された。

大平宿

 飯田自然体験学習の目的は、自然の中で生活し、協力や自立の精神を養うこと。自然環境に触れて、豊かな自然観、科学観を育てること。そして、この体験学習のメインイベントとが森づくりだ。現地で採取したどんぐりを持ちかえり、学校で発芽させ、1年後、育てた苗木を後輩たちが植樹して、「中幡の森」をつくる取り組みである。

囲炉裏のある暮らしにタイムスリップ
 黄色く色づいた唐松に囲まれた大平宿に、子どもたちを乗せたバスが到着した。小学校の自然体験学習だけに、日常生活の延長だから、募集形態の野外スクールとは違って、現地に着いた時点でのアイスブレーキングは、とくに必要はない。バスの疲れはあるものの、表情にそれほど緊張感が見られないことに気がついた。


 中幡小学校の6年生は2クラス。クラスごとに、昭和初期に建てられた、「からまつ屋」と「ますや」に、それぞれ分宿した。屋内の明かりは、裸電球と破れた障子から差しこむ光だけだ。黒光りした上がり口の床に囲炉裏が切ってあり、天井は煤ですっかり黒ずんでいる。宿泊出来るようにと、水道や電気は引いてあるものの、炊事はすべて囲炉裏とカマドでまかなわねばならない。「ますや」にはカマドが二つあった。
 一歩家の中に足を踏み入れた子どもたちは、カルチャーショックを受けたようだ。このような環境で、どう生活するか、一瞬、思考が停止状態になった。しばらくして、「わーぉ」という歓声とも、驚きとも聞こえる呟きが耳に入った。

学校生活の延長の自然体験
 大平宿で行われたプログラムは、森林の間伐体験。これは現地の林業専門家が指導した。
 その間伐材を利用した木工体験、「飯田そば達人会」の指導による、そば打ち体験。葉っぱから樹木の名前を考える自然観察。夜には杉原校長の星座観察会などが行われた。
 もちろん、これらのプログラムは、ごく普通のものであって、他の団体や学校で行われているものと、大きな違いは見られなかった。しかし、これが小学校の自然体験学習の行事として、6年生が全員参加し、しかも2泊3日というスケジュールを、平日に行っていることは、きわめて稀なことだろう。小学校の行事であることを考えれば、これは大変なことだ。

 学校の行事だから、基本的なプログラムや生活指導は、先生たちが中心だ。私が見る限り、大半の先生は、野外活動やアウトドアズの専門家ではない。まして、自然体験活動のプロではない。薪がうまく割れない先生がいても、火を上手にコントロールできない先生がいても、樹木の名前を知らない先生がいても、そんなことはたいした問題ではない。

ソバ打ち体験


工作
 ここは学校の延長であるから、先生と児童のコミュニケーションの心配はない。名前も、顔も、性格も、すでによく知っている子どもたちとの自然体験だから、きわめて効果的に学習成果が得られると思った。普段着のままの自然体験が出来るのがいい。

校長は名プロデューサー
 もちろん、普通の公立の小学校が、このようなイベントを行うには、相当の苦労があると、杉原校長からうかがった。少なくとも渋谷区内では、この種の活動を行っている小学校はないそうだ。教育委員会の説得、現場の先生たちや、PTAの理解と協力を得ること。さらに、予算の確保や必要備品の調達など、様々な課題やハードルがあった。そのハードルを越えるには、学校長の熱意と強烈なリーダーシップがなければ、現状では非常に難しい。

植樹
 飯田自然体験学習は、杉原校長の熱意と巧みなプロデュース力、さらには強烈なキャラクターとカリスマ的な人望によって、はじめて成立するという、特異な例かもしれない。しかし、飯田自然体験学習は、徐々に定着しはじめ、注目される活動になっていることも事実だ。
 自然体験学習が奨励義務になったからといって、全ての学校が自然体験に力を入れているわけではない。

 熱心な先生達に加えて、仕事を休んで手伝いにきた保護者、休暇をとって参加した看護師。地元飯田市のビデオ制作グループも、記録係としてボランティアの密着取材。川崎からは樹木鑑定の専門家が指導に加わった。「中幡の森」の土地も、地元農家の提供である。渋谷区の教育委員や指導主事も応援に駆けつけた。これも杉原校長のネットワークの賜物だろう。
 杉原校長は「私はスタッフに恵まれました。だから出来ました。」しかし、「あと2年で定年です。これをだれが引き継いでくれるのか、それが心配です。」と寂しげな表情を見せた。

20年後に「中幡の森」を見にいこう
 最終日、大平宿の対岸となる南アルプスの山麓で、「中幡の森」の植樹が行われた。天竜川をはそんで、中央アルプスの山々と恵那山が聳えていた。
 およそ50本のどんぐりの苗木が、子どもたちの手で植えられた。このどんぐりの苗木が、15年後、20年後に大きな木となって、森をつくることだろう。
 「君たちが植えたどんぐりの木に会いに、ここへ来なさい」と、杉原校長は結んだ。

植樹会での杉原校長のお話


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