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42 彦名地区 チビッ子環境パトロール隊(鳥取県) 「泳げる中海を取り戻すには私たちはどんなことをしたらよいか」
きれいな中海を取り戻すために、水質調査、親子環境学習会などをおこなうほか、割り箸の回収による紙の再生、サマーエコキャンプなどの環境学習をプログラムに組み込んでいる。

「泳げる中海を取り戻すには私たちはどんなことをしたらよいか」 子どもラムサールin韓国 [10/26]

日  時:
場  所:
参加者:
2008年10月26日(日)〜30日(木)
韓国
子ども3名、大人1名
 <湿地保全の思いを共有しよう!>

10月26日〜30日、韓国チャンウォン市で開催された『日韓子ども湿地交流事業』に、
米子水鳥公園の神谷要指導員とともに
彦名地区チビッ子環境パトロール隊の足立裕美・研姉弟、足立明子の3名が参加した。

この交流は、湿地の未来を考えようと2002年に始まり
今年は、昨年鳥取・島根両県が開催した「子どもラムサ—ル会議近畿・中国ブロック会議」の
『未来の湿地をガイドする』という思いを発展させよう、と 中海圏域から参加することになった。

今回、彦名地区チビッ子環境パトロール隊員であり
米子水鳥公園の「子どもラムサールクラブ」で中海の水鳥について学ぶ、
足立姉弟、足立明子に参加報告記を寄せて頂いた。
合わせて引率指導頂いた中海水鳥国際交流基金財団の神谷要指導員からも参加報告記を頂いた。

 <参加者の感想>

「子どもラムサールに参加して」
私は、10月26日から30日まで韓国で開かれた子どもラムサールに参加しました。
韓国の子ども達や日本からいっしょに行った豊岡とびわ瑚の子ども達と湿地の保護について発表しあいました。

韓国の子ども達は、地域の人々に今の環境についてインタビューをしたり
実態をビデオにとって町の人に見てもらったりして、環境保全を訴える活動をしていました。
私たちとは、少し違った方法やアイディアで活動している点が参考になりました。

豊岡の発表は、コウノトリを守るために
ゴミ拾いやゴミを捨てないように地域の人に呼びかけたり、山に松を植えたり、
静かな環境を作ったりしているものでした。
私もテレビでコウノトリのニュースを見ましたが、
こんな努力があったからこそ美しいコウノトリがよみがえったのだと感心しました。

10月29日に韓国にあるエコセンターへ見学に行きました。
このエコセンターは、米子市の水鳥公園のような様々な観察や学習ができるものでした。
米子水鳥公園より大きかったです。

また、韓国の文化や生活にもふれることが出来ました。
ホテルはオンドルという床が温かくなる部屋でふとんをしいて寝ました。
日本のアニメがはやっていて、ボコニャン、ドラえもん、ポケもん等のテレビをしていました。
食事では、ステンレスのおわんやはしがあり、めずらしかったです。
つまようじは、木でなくトウモロコシの粉で作ったスパゲテイーのようなものでした。

韓国の友達とは言葉は通じなくても、すぐ仲良しになれました。
バスの中でおかしをもらってとてもうれしかつたです。私は、お礼に私の名刺を上げました。
わたしは、子どもラムサールに参加して様々な活動の様子を学びあうことが出来ました。
これからも世界中の友達と力を合わせて環境を守っていきたいと強く思いました。
(弓ヶ浜小学校5年 足立明子)

「韓国の湿地と日本の湿地のつながり」
ぼくがいる中海と韓国の湿地は、今もつながっている。それは、渡り鳥たちがつなげているからだ。
そして、ぼくたちも交流して、韓国の湿地とつながった。

渡り鳥たちは日本に来る前に、一度韓国のウポ沼やチュナム貯水池などで休んでから、日本の色々な湿地に来る。
韓国のこどもたちは、そのことをドキュメンタリー方式という独特の方法で発表していた。

ぼくたちは中海のことについて、汽水の七珍味などについて紹介した。
そしてこの汽水環境を守って行きたいということを発表した。

ぼくたちは 今回参加した「KODOMOラムサールin韓国」で、釜山に住んでいるおない年のミナさんと仲良くなった。
ミナさんは独学で日本語を勉強したそうだ。
それなのにとても日本語が上手で、ぼくは何度も通訳してもらった。

それから、韓国の人たちだけでなく兵庫県の豊岡というところの代表で来ていた高宮がくと君とも友達になった。
Bグループは男子がぼくとがくと君だけだったので、同じ部屋になった。
豊岡の発表では、温泉とコウノトリの関係などを話していた。

最後の日は、焼肉を食べて、その足で釜山タワーに登った。
高速エレベーターで快適だった。そして、きれいな夜景を見た後、お土産を買った。
次の日の朝は出発なので、豊岡の人の部屋で子供だけのお別れパーティーを開いた。
彦名の友達とは違う友達で、今度いつ会えるかわからないから、別れるときとてもさびしかった。
韓国では、いい勉強をすることができた。
(彦名小学校6年 足立研)

「『KODOMOラムサールin韓国』に参加して」
私は中海の代表として中海の良さを伝えるために韓国に行きました。
半日かけて韓国にいき、福岡空港で久々に再会した人たちはとても嬉しそうでした。
わたしも久しぶりに会えて懐かしかったです。

その日はドラゴンホテルに泊まり、部屋が一緒になった兵庫の豊岡から来た子と仲良くなりました。
豊岡では、コウノトリを復活させる活動を行っているそうです。

60年前までは普通にいたコウノトリは
巣作りに必要な松の木の伐採や、農薬の使用によるエサの減少などの理由で、どんどん数が減ってゆき
おりの中以外には1羽もいなくなったそうです。

今は25羽ぐらいのコウノトリがいるそうです。
自分たちが大人になるころには、当たり前のようにコウノトリが空を飛んでいるのを目指しているそうです。
私は1度もコウノトリを見たことがないので、見てみたいなと思いました。

2日目からは韓国のいろんな湿地を見て回りました。
ウポ沼ではたくさんの鳥を見ることができました。
周りに生えていた背の高い草にはカヤネズミというネズミの巣があって、
親指と人差し指で作ったぐらいの小さな巣でした。

ウポ沼に行く前には、韓国の人たちの前で発表しました。
とても緊張しましたが、うまくできたと思います。
韓国、中海、豊岡、琵琶湖の4チームが発表しました。

韓国の人は、環境を良くするために、子供だけでドキュメンタリーを作って
大人の人たちに環境を良くしようと呼びかけているそうです。
豊岡は、コウノトリ復活大作戦、琵琶湖は住んでいる生き物やフナ寿司の紹介をしていました。

チュナム貯水池では、仲良くなったミナさんのお父さんのお話を聞いたり
ビデオを見たりしてから池を見に行きました。たくさんトンボがいてすごかったです。
木を見ると鳥の巣があって、日本と韓国を行き来する鳥ということが分かりました。
それを見て「やっぱり世界はつながってるんだなー」と思いました。

ナクトンガンでは、エコセンターでどんな鳥や魚がいるのか見て回り、午後は2回目の発表をしました。
1回目よりも人が多く、すごく緊張しました。
でも、それだけ多くの人に、中海のことを伝えることができたので嬉しかったです。

3日間あった韓国での交流はあっという間でした。
中海のことをたくさんの人に知ってもらえたし、他の湿地のこともいろいろ分かったので
とても充実した交流会でした。
(米子北斗中学校1年 足立裕美)

「子供たちと韓国で開催されたラムサール締約国会議に行ってきました」
中海がウガンダで開催された締約国会議で、ラムサール条約に登録されて三年がたちました。

ラムサール条約では3年に一度ずつ締約国会議を開いており、
今回の会議は釜山市の西隣にあるチャンウォン市でした。
日本人にはなじみのない都市ですが
1970年代より計画的に設計されたまちで、慶尚南道の道庁の設置された人口50万の都市です。

今回の会議は、「中海」にとってラムサール条約に登録された会議の次の会議にあたり
その成果を問われるものでした。
また、ウガンダから続けてきたKODOMOラムサール会議の総決算にもあたる会議でもありました。

KODOMOラムサールは、2005年のウガンダでの締約国会議において初めて開催されました。
この締約国会議で、ラムサール条約は「中海」をはじめとする多くの録湿地を得ることができ
登録湿地の倍増(1600湿地)に成功しました。

しかし、実際に湿地の保全を担う地域の人々が湿地を身近に感じ
国際的な協力の必要性を感じてもらわなければ、湿地保全はうまくいきません。
そこで、「湿地という資源」を引き継いでいく子供たちの代表に、
締約国会議にやってきた158カ国の代表に意見を述べてもらう機会が作られました。

この企画は画期的で、世界中の子供たちに湿地についてメッセージをつくってもらい
実際の締約国会議の開会式で、意見を表明することができました。
この経験をもとに日本では、ラムサールセンターを中心に
次回の韓国での締約国会議でもう一度子供たちのメッセージを伝えようと、
全国各地でKODOMOラムサールの地区会議が開催されてきました。

この山陰でも、米子水鳥公園で「KODOMOラムサール地区ブロック会議2006年10月」や
宍道湖で「KODOMOラムサール全国会議2008年2月」が開催され、
彦名からも多くの子供たちが参加しました。

最終的には全国8か所、8カ国、のべ500人以上の子供が参加し、
「湿地がある 命がある ぼくらがつなげて宝になる」というメッセージがまとめられました。
三年前にウガンダのKODOMOラムサールに参加してくれた樋口翔一君はすでに社会人となり
今回の会議では、中海から参加した5人の子供たちが後を受け継いでメッセージを伝えてくれました。

また、この会議ではもう一つの成果がありました。
それは、この会議に参加した
他の湿地(韓国・宍道湖・琵琶湖・豊岡市コウノトリなど)の子供たちのつながりが生まれたことです。

子供たちは、話をするうちに
身近な湿地と遠くの友達の湿地の間を、わずか数日で鳥たちが移動していることに気がついたようです。
友達との意外なつながりに、子供たちは目を輝かせていました。
そして、宍道湖や豊岡のグループは、米子水鳥公園を訪れる計画まで立ててくれました。

今後、このような交流が広がっていくことと思います。
なぜなら、私たちは、遠く離れていても、渡り鳥によってつながった湿地を守る仲間だからです。
(中海水鳥国際交流基金財団 神谷要)



泳げる中海を取り戻すには私たちはどんなことをしたらよいか 実施レポート(1)
泳げる中海を取り戻すには私たちはどんなことをしたらよいか 実施レポート(2)
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